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2025年9月14日
主日礼拝
説教  「サウロが伝道する中で直面した出来事」

聖書
使徒の働き9章26-31節

9:26 エルサレムに着いて、サウロは弟子たちの仲間に入ろうと試みたが、みな、彼が弟子であるとは信じず、彼を恐れていた。
9:27 しかし、バルナバはサウロを引き受けて、使徒たちのところに連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に語られたこと、また彼がダマスコでイエスの名によって大胆に語った様子を彼らに説明した。
9:28 サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の御名によって大胆に語った。
9:29 また、ギリシア語を使うユダヤ人たちと語ったり、論じたりしていたが、彼らはサウロを殺そうと狙っていた。
9:30 それを知った兄弟たちは、彼をカイサリアに連れて下り、タルソへ送り出した。
9:31 こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地にわたり築き上げられて平安を得た。主を恐れ、聖霊に励まされて前進し続け、信者の数が増えていった。
説教 :
ファン・グオホア 師
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説教要旨


 サウロは目が回復し、元気になってから、熱心に伝道を始めました。ここから、サウロは思い立ったらすぐに行動する兄弟であることがわかります。悔い改めて聖霊に満たされてから、ダマスコの弟子たちと共にいて、まもなく、矢も楯もたまらず各会堂でイエスさまのことを伝え始めました。
 サウロは主イエスの声を聞き、主イエスは以前自分が迫害していた神の子だと知り、すぐに自分の間違いを正し、正しいことを行いました。これは主が特に重視する点です。
 聖書には、神の福音、教えを聞いて行う人は幸いだとあります。主も聖書の中で例えをもって私たちに教えておられます。あるお父さんが自分の二人の息子にブドウ園での仕事を与えました。兄は行かないといいましたが、後から後悔して行きました。弟は行きますといいましたが、仕事に行きませんでした。主は、どちらの息子が父の話をききましたかと尋ねました。みんなは兄の方ですと答えました。主イエスは、あなたたちも行ってそのように行いなさいと言われました。
 神様が重視するのは、聞いて、行う人です。例えばサウロのように。サウロは主に選ばれた器でした。外国人に、王に、そしてイスラエルの民に、主イエスを証しするために。

 サウロが福音を伝え始めた時、それを阻むものに遭遇しました。また教会の兄弟たちは彼を疑いました。当時サウロはエルサレムに到着し、弟子たちと交わりたいと願いましたが、結果的に弟子たちは彼を遠ざけ、避けていました。彼を信じなかったのです。彼は以前この道を迫害していましたし、この道を信じる者を捕まえ縛り上げていたからです。ですから弟子たちは恐れ、サウロとの交わりを拒み、さらには、当時サウロがすることの全てを真実だ、本当に心から神の福音を伝えているのだと信じる事ができませんでした。
 ただ一人、バルナバだけが彼を引き受けました。しかも彼を使徒たちのところへ連れて行き、サウロが主に出会った経験を使徒たちに分かち合いました。また、サウロがダマスコで熱心に伝道したこともみんなに話しました。
 ここで分かることは、あることを聞いたとき、ある人はそれが真実だと信じません。ある人は聞きますが、何もできない、行動することができません。ある人たちは聞いて、すぐに信じ、行動に移すことができます。
 例えばバルナバのように。彼は、サウロが主に出会い悔い改め、熱心に伝道していると聞いて、すぐに信じ、受け入れ、しかも人々にそのことを分かち合いました。バルナバはサウロの証を通して、主の力、憐れみ、寛容さ、そしてサウロを受け入れ手の中の器として用いられた神を証しました。
 私たちも、神の子どもとして、ただ単に聞くだけで終わり、信じるだけで終わりではなく、サウロのように、またバルナバのように、主を証しする機会をつかみ、主を証しようではありませんか。
 しかし、私たちが熱心に福音を伝えようとする時、思いもよらない困難に出会うかもしれません。しかし、これらの困難を恐れることはありません。神を信じていきましょう。神は私たちのどこにでもある助けです。私たちに全ての困難を乗り越えさせてくださいます。
 サウロは真実な熱い心で、エルサレムの弟子たちと交わりたいと願っていましたが、弟子たちはサウロに水を差しました。しかしサウロは弟子たちが信じてくれないことや理解してもらえないことで、あきらめたりせず、依然として主への熱心に充ち満ちていました。結果的には、バルナバが彼を受け入れ、人々に向かってサウロの身に起きた出来事を説明しました。また、ダマスコでサウロがどのようであったのかも。
 
 9章で二回、ある人々がサウロを殺そうとしたとありますが、それではサウロはどうだったでしょう。これらのことが原因で、主イエスを宣べ伝えるのを止めてしまうことはありませんでした。却って大胆に主の道を宣べ伝えていきました。自分の命をかえりみず、主に守られ、兄弟たちの助けを受け、これら全ての危険から逃れることができました。そして教会は平安を得、建て上げられ、聖霊の励ましを受け、信者の数が増えていきました。
私たちも、教会も、兄弟姉妹のみなさんも、どんな困難も危険も恐れず、主の福音を宣べ伝えていきましょう。

 

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