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2025年10月19日
主日礼拝
説教  「ペテロ、アイネアを癒やす」

聖書
使徒の働き9章 32-35節

9:32 さて、ペテロがあらゆるところを巡回していたときのことであった。彼は、リダに住む聖徒たちのところにも下って行った。
9:33 そこで彼は、アイネアという名で、八年間床についている人に出会った。彼は中風であった。
9:34 ペテロは彼に言った。「アイネア、イエス・キリストがあなたを癒やしてくださいます。立ち上がりなさい。そして自分で床を整えなさい。」すると、彼はただちに立ち上がった。
9:35 リダとシャロンに住む人々はみなアイネアを見て、主に立ち返った。
説教 :
ファン・グオホア 師
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当日の説教
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説教要旨


 今日の聖書の箇所にペテロがアイネアを癒やしたことが書かれています。2、3章でペテロは聖霊に満たされ、力を得て説教し、3000人が悔い改めました。そして宮の門にいた足の不自由な人を癒やし、今日の箇所でもまた、ペテロがアイネアを癒やしたことが書かれています。
ペテロと言いますと、みなさんご存じのようにイエスの弟子で、比較的衝動的な人です。イエスが十字架にかかられる前、3年半イエス様に従って福音を伝え、イエスのなさった一切の奇跡を目にしていました。直接その目で見て、イエスが神の子であり、真の神であることを知っていましたが、それでも弱さがあり、周りの状況に影響されやすく、尻込みしてしまう人でした。

 あるとき、夜遅く弟子たちが水上で船をこいでいると、風と波が非常に大きくなりました。その時水面に一つの黒い影が見え、弟子たちに向かって歩いてくるのを見て、怖くなりました。幽霊だと思ったのです。イエスが「わたしだ、恐れることはない」と言われました。ペテロは主だと知ったとき「主よ、もしあなたでしたら、わたしをあなたのように水の上を歩いて、あなたのところに行かせてください」と言いました。イエスは「来なさい」と言われました。ペテロは船を降りて水面を主に向かって歩き始めました。ペテロは本当に水面を歩き始めた時、風や波が非常に大きいのを見ると、すぐに沈み始めました。この時ペテロがイエスに救いを求めると、イエスはすぐに手を伸ばして彼をつかまえて言われました。「信仰のうすいものよ、どうして疑ったのか」

 ここから真理の原則と教訓を見ることができます。信仰の歩みにおいて、私たちは信仰の目をイエスだけに注ぐとき、力を得て勇敢に主イエスに従う事ができます。私たちが周りの環境の悪さにばかり目を留める時、恐れによって退き、暗闇の谷間に落ちることになります。信仰も、熱心さも、力もなくなり、生活も酷い状態になります。口では主を愛し、主により頼み、主に従うと言っても、本当の試練が来たなら、私たちはすぐにペテロのようになってしまいます。
 イエスが捕まったとき、弟子たちはイエスから離れて行き、ペテロも遠くから離れてついていくだけでした。ある人がペテロはイエスと一緒にいた仲間だと言ったとき、彼は一生懸命説明し、自分はイエスの仲間ではないと誓って、イエスなんて知らないと言いました。イエスは捕まる前にすでに、今晩、鶏が2度鳴くまでにあなたはわたしを知らないと3回言うとペテロに言っていました。当時のペテロは、主の前に自慢げに人々がみんなあなたから離れていっても、私はあなたから離れませんし、あなたを知らないなどと言いません、と言っていました。しかし、本当にその出来事が起きたとき、ペテロはどうしたでしょう。すぐに、自分はイエスなど知らないと誓ったのです。これが、聖霊に満たされていない、聖霊のバプテスマを受ける前のペテロの姿でした。以前の私たちもこのようではないでしょうか。

イエスの約束された聖霊が来てから、ペテロは聖霊の力を得て、その主にある命は全く違ったものになりました。信仰に満ち、力に満ち、魂への重荷で満ち、色々なところへ出て行って福音を伝えました。
同時に様々な奇跡が起きました。宮の門にいた足の不自由な人、そして今日の箇所の寝たきりの人。ペテロはあらゆるところを巡回し福音を伝えていたとき、各地の教会に行き兄弟姉妹に会い、お互いに励まし合うことを忘れませんでした。この時、8年間床についたままのアイネアに出会いました。ペテロがアイネアに出会った時の最初の反応はどのようなものだったでしょうか。「イエス・キリストがあなたを癒やしてくださいます。」と、アイネアに対して言ったのです。神に感謝します。この時のペテロの信仰は、本当の信仰、大きな信仰でした。もはや3回イエスを知らないと言ったときのペテロではなく、聖霊の力に満ち、イエスへの信仰から、「イエス・キリストがあなたを癒やしてくださいます。立ち上がりなさい。そして自分で床を整えなさい。」とアイネアにいうことができました。これこそが生きた信仰と証です。

 今日のクリスチャン、神の子どもたちもイエスだけに目を留め、彼を仰ぎ信頼し、本当の信仰を生きて表わすべきです。私たちの目をイエスから離し、この限りある世界に目を向けることがありませんように。もしそうするなら、私たちの心には多くの憂いや悩みが生じるでしょう。私たちが何かのために、また誰かのために祈るときにも疑いが生じるでしょう。神は本当にわたしの祈りを聞いてくれるだろうか?彼は本当に立ち上がれるだろうか?また、誰かの人と人との関係について祈る時、神は彼らの関係を元のように戻して下さるだろうか?など。私たちは周りの環境を非常に大きなものとして見がちです。それとは反対に、神の力をとても小さなものとして見ています。私たちは自分の分かる範囲で物事を考えてしまいがちです。神様、私たちを憐れんで下さい。私たちがペテロから学ぶことができますように。私たちがペテロのように聖霊に満たされることを渇き求めますように。主よ、私たちはとても小さな者です。しかし私の主よ、あなたは全能の神です。どうか私の内の信じない心を取り除き、完全に主に依り頼む者としてください。この小さな器を通して、神様の力を表わしてください。全ては、主のものです。

 

Since 2025/10/14n Updated 2025/10/24